驚く事にテイクオフ大阪21の書類に通ってしまいました。
次はプレゼンテーションです。
色々な専門家の前で自分のビジネスモデルを発表します。
この先生方の判断で認定されるかされないか、助成金が頂けるか頂けないかが決まります。
2ヶ月前に国際会議場でのプレゼンの失敗を教訓に、『ゆっくり』『はっきり』話す事を心がけました。
何度も何度も練習を繰り返して時間ぴったりに終わる練習もしました。
この時の練習がその後、本当に役立ちました。会社を経営していると色んな人の前で話す機会が嫌でもあります。必ず規定時間ぴったりに終わると言うのがこの練習で特技と言えるものになっていました。
運命の日がやって来ました。
会場にかなり早く着いた私は会場の前で座って待っていました。
数人の方が同じ日にプレゼンするようです。すでに早い順番の人の発表は始まっていました。
隣にひとりの女性が座りました。
『私の前にプレゼンする人かな?』と思っていると向こうから声をかけて来られました。
女性「あなた、今日プレゼンする方?」
私「はい。そうです。」
女性「私、打間って言います。今日の審査員です。」
びっくりしました。
聞くとこの打間先生は神戸異人館でレストランやドレスショップを経営されていて異人館も所有されている大社長です。
異人館ウエディングを最初に始められた女性起業家のはしりのような方です。
本当は今日の審査会に来る予定では無かったけれどウエディングの人(私の事です)がひとり居るのでその人のプレゼンだけ聞くために来た、と言うお話でした。
他の審査委員は全員男性だし、ウェディングの事は良く分からないと思うから自分が行かなくっちゃと思って下さったようです。
予定時刻より早めに何でも行ってみるものです。
待ち時間の間、打間先生と色々なお話をさせて頂く事が出来ました。
その中で一番心に残っている会話です。↓
先生「あなた、お子さんいらっしゃるの?」
私「はい。3歳と1歳の子がいます」
先生「女性が子供を育てながら事業を続けていくコツはね、
『頑張り過ぎない事』これに尽きますよ。」
今もこのお言葉を胸に刻んでいます。
いよいよ自分の番が来ました。
打間先生と一緒に会場に入りました。
しーんと静まり返った審査会場。
私は今までの思いのたけをすべてぶつけるような気持ちで発表しました。
打間先生の心に届け!と言う思いで。
私の話が終わったのと修了時刻のベルが鳴ったのがほぼ同時でした。
終わって「ありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します」と言って会場を後にしようとした時の打間先生のひと言。
「あら、あなた。私と誕生日が一緒ね!!」
ニコニコ顔の打間先生がそこにいらっしゃいました。
しーんとしてピリピリした中、その大きなひと言で場の空気がさっと和んだのが分かりました。
嬉しかったです。自分の気持ちもピンと張り詰めている時、そんな温かいひと言が本当に嬉しくてたまらなかったです。
すぐに私は打間先生の方を向いて言いました。
「あっ、そうなんですか!光栄です!」同じくニコニコ顔で。
その瞬間、私は心の中で助成金はゲットした。と思いました。
何の根拠もないです。自信もないです。
でも「誕生日が一緒ね!」のひと言でなぜか確信に近くそう思ったのです。
不思議ですね。
家に戻った私は自分の声が全く出なくなっている事に気付きました。
自分では気が付かなかったのですが発表までのプレッシャーは相当なものがあったのかも知れません。
発表の次の日の朝、1本の電話が入りました。
テイクオフ大阪21の担当の方からです。
「原田さん、おめでとう!認定されたよ!しかも助成金も出るよ!」
その次の言葉がありがたかったです。
「打間先生以外の先生はみんな助成金を出すのには反対でした。
だけど打間先生がひとり頑張ってみんなを説得してましたよ」
打間先生に感謝の言葉もありません。
お礼を言って電話を切った後、異人館にいらっしゃる打間先生に電話をしました。
これも不思議な事なのですが、打間先生は全国を飛び回っていらっしゃるので異人館の事務所にいらっしゃる事はほとんど無いそうなんです。
それが電話をかけたすぐに打間先生が出られたのにも何か不思議なご縁を感じずには居られません。
声にならない声でお礼を言った私に返って来た言葉が
「あら、あなた何その声?でもそれだけ頑張ったって事よね」
最後に「これから頑張んなさいよ!」とおっしゃって頂けました。
こ時の「がんばんなさいよ!」の言葉があったから今まで頑張って来られたと思っています。
この時がウェディング工房てく・まりんぼの本格始動の瞬間だったと思います。
(第27話)
2015年03月29日
2016年12月19日
【第27話】やっと本格始動
なんと1年9か月ぶりの更新です。もし、ご覧頂いている方がいらっしゃったら嬉しいです。
本当にありがとうございます。もう少し頑張って更新頻度を上げますので引き続きご覧くださいませ
このブログは誰かに見てもらうと言うより自分史の記録の要素もあります。こうやって過去を整理する事で今度は未来も見えてくるような気がしています。
私にとっては激動の2000年、2001年でした。でも16年経った今、思い出してみるとあの頃の方が今よりずっとずっと怖いもの知らずでした。
だから起業できたのだと思います。今は正直言って怖いものだらけです(笑)あの頃にもし、戻る事が出来たらもっともっと上手な商売が出来るのにと心から思います。これから起業をお考えの方がいらっしゃいましたら是非反面教師としてご覧ください。
なんだかんだ言っても起業って最高に楽しいですし、素敵な事です。応援しています♪
打間先生との出逢いのところまででしたね。前のお話は。
2001年の出逢いから15年経過した今年2016年、なんと打間先生と再会しました。本当に嬉しい再開でした。
再開のいきさつはまた機会があれば詳しく書きますが、15年ぶりにお会いした打間先生は『先生』と呼ばれるのを嫌う『ダマ奈津子』さんとなっておられました。
15年間、勝手に心の師匠と思い続けてきました。私に取って一番尊敬する方は今も昔もダマ奈津子さんです。
話を2001年に戻します。
認定を受けたらすぐにお金がもらえるわけでは無く、またまた行政の大好きな書類提出が待ち受けています。
何にいくら必要なのか各所に見積書も出してもらわないといけません。
大変面倒ですがもらえると分かっているものに対する書類ですのでそれ程苦には思わず書類提出を済ませました。
怖いもの知らずはこの時にも発揮されました。
助成金は100万〜400万円と言う幅があります。・・・当然400万円欲しいですよね。
400万円分の見積書をかき集めて、提出したのですが実際に振り込まれた金額は100万円でした。(今、初めて金額を公表します)
振り込まれた通帳片手に電話しました。そうです、テイクオフ21の事務局にです。
「400万円申請したのに、どうして100万円なんですか!(怒)」って。
こんな電話するなんて今の自分なら有り得ないです。
100万円頂けただけでも大変ありがたい事なのにこれではまるでヤクザです(笑)
当然、理由は教えてもらえません。
後日、担当者の方に会った時に理由を教えてもらいました。見積書の中に車が入っていたのがダメだったみたいです。
「どーせ、プライベートで使う目的でしょ。」と思われるみたいです。
またそれで食ってかかった懲りない私。「じゃあ、何で先に教えてくれなかったんですか!」って笑いながらですが言ってしまいました。
イー加減にしなさい、自分。です(笑)
(28話に続きます)
2016年12月21日
【第28話】助成金の使い道
頂いた助成金の100万円を何に使ったかといいますと。
『結婚式速報新聞』(←第20話参照)に使うカラーレーザープリンタをまず購入しました。70万円位しました。
今は軽くてコンパクトで安価なものがたくさん出ていますが、当時A3サイズの両面フルカラーのレーザープリンタは大きいものしかありませんでした。90キロあるレーザープリンタを毎回、車に積んで結婚式場に出かけて行くのです。
夫が主となってやっていたビジネスで時々手伝っていた程度ですが、車に積み込むのは本当に大変な作業です。
『寒い』事と『重い』事が何より嫌いな私にとってあの90キロの積み込みは今思い出してもゾッとします(笑)
後は楽天市場店に出店する資金にしました。
楽天市場と言うショッピングモールがある事を知ったのは2000年だったと思います。
新しいもの好きの夫がパンフレットを取り寄せてみていたのを覚えています。
当時は今のように色んな出店プランも無く月5万円の一律出店プランだったと思います。
半年分30万円の前払いです。
売上に対して何パーセントか支払う仕組みが出来たのはこの何年か後です。この頃は5万円以上の出費は何もありませんでした。
それでも30万と言うお金を捻出する事が出来なかった私はこの助成金を使って出店する事ができました。
プリンタと出店料でちょうど100万円です。
(29話に続きます)
『結婚式速報新聞』(←第20話参照)に使うカラーレーザープリンタをまず購入しました。70万円位しました。
今は軽くてコンパクトで安価なものがたくさん出ていますが、当時A3サイズの両面フルカラーのレーザープリンタは大きいものしかありませんでした。90キロあるレーザープリンタを毎回、車に積んで結婚式場に出かけて行くのです。
夫が主となってやっていたビジネスで時々手伝っていた程度ですが、車に積み込むのは本当に大変な作業です。
『寒い』事と『重い』事が何より嫌いな私にとってあの90キロの積み込みは今思い出してもゾッとします(笑)
後は楽天市場店に出店する資金にしました。
楽天市場と言うショッピングモールがある事を知ったのは2000年だったと思います。
新しいもの好きの夫がパンフレットを取り寄せてみていたのを覚えています。
当時は今のように色んな出店プランも無く月5万円の一律出店プランだったと思います。
半年分30万円の前払いです。
売上に対して何パーセントか支払う仕組みが出来たのはこの何年か後です。この頃は5万円以上の出費は何もありませんでした。
それでも30万と言うお金を捻出する事が出来なかった私はこの助成金を使って出店する事ができました。
プリンタと出店料でちょうど100万円です。
(29話に続きます)


