2008年08月20日

てく・まり誕生物語【第23話】テイクオフ大阪21

家に戻った私は自分の声が全く出なくなっている事に気付きました。

自分では気が付かなかったのですが発表までのプレッシャーは
相当なものがあったのかも知れません。

ストレスやプレッシャーに気付かない。これ、私の特技です^^


発表の次の日の朝、1本の電話が入りました。

テイクオフ大阪21の担当の方からです。

「原田さん、おめでとう!認定されたよ!しかも助成金も出るよ!」

その次の言葉がありがたかったです。

「打間先生以外の先生はみんな助成金を出すのには反対でした。
だけど打間先生がひとり頑張ってみんなを説得してましたよ」

打間先生に感謝の言葉もありません。

お礼を言って電話を切った後、異人館にいらっしゃる打間先生に
電話をしました。

これも不思議な事なのですが、打間先生は全国を飛び回っていらっしゃるので異人館の事務所にいらっしゃる事はほとんど無いそう
なんです。

それが電話をかけたすぐに打間先生が出られたのにも何か不思議な
ご縁を感じずには居られません。

声にならない声でお礼を言った私に返って来た言葉が

「あら、あなた何その声?でもそれだけ頑張ったって事よね」

最後に「これから頑張んなさいよ!」とおっしゃって頂けました。

こ時の「がんばんなさいよ!」の言葉があったから今まで頑張って
来られたと思っています。

この時がウェディング工房てく・まりんぼの本格始動の瞬間だったと
思います。

打間先生は私にとって永遠の師匠です。

打間先生のような女性起業家になりたいと思っています。

長らく続きました『てく・まりんぼ誕生物語』

お読み頂いて本当に本当にありがとうございました。

これからは『てく・まりんぼ物語』としてお話を続けて行きたい
と思っています。

たくさんの方のご縁を頂きながら誕生した『てく・まりんぼ』です。

これからももっともっとたくさんの素敵な物語が生まれる
てく・まりんぼで有りたいと思っています。

これからも末永くよろしくお願い致します。





posted by まりんぼ at 16:32| 大阪 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

てく・まり誕生物語【第22話】運命のプレゼンテーション

テイクオフ大阪21の書類に通ってしまった(^^;)ので
次はプレゼンテーションです。

色々な専門家の前で自分のビジネスモデルを発表します。

この先生方の判断で認定されるかされないか、助成金が頂けるか
頂けないかが決まります。

2ヶ月前に国際会議場でのプレゼンの失敗を教訓に、『ゆっくり』
『はっきり』話す事を心がけました。

何度も何度も練習を繰り返して時間ぴったりに終わる練習も
しました。

運命の日がやって来ました。

会場にかなり早く着いた私は会場の前で座って待っていました。

数人の方が同じ日にプレゼンするようです。すでに早い順番の人の
発表は始まっていました。

隣にひとりの女性が座りました。

『私の前にプレゼンする人かな?』と思っていると向こうから
声をかけて来られました。

女性「あなた、今日プレゼンする方?」

私「はい。そうです。」

女性「私、打間って言います。今日の審査員です。」

びっくりしました。

聞くとこの打間先生は神戸異人館でレストランやドレスショップを
経営されていて異人館も所有されている大社長です。

異人館ウエディングを最初に始められた女性起業家のはしりのような
方です。

本当は今日の審査会に来る予定では無かったけれどウエディングの
人(私の事です)がひとり居るのでその人のプレゼンだけ聞く
ために来た、と言うお話でした。

他の審査委員は全員男性だし、ウェディングの事は良く分からない
と思うから自分が行かなくっちゃと思って下さったようです。

予定時刻より早めに何でも行ってみるものです。

待ち時間の間、打間先生と色々なお話をさせて頂く事が出来ました。

その中で一番心に残っている会話です。↓

先生「あなた、お子さんいらっしゃるの?」

私「はい。3歳と1歳の子がいます」

先生「女性が子供を育てながら事業を続けていくコツはね、
   『頑張り過ぎない事』これに尽きますよ。」

今もこのお言葉を胸に刻んでいます。

いよいよ自分の番が来ました。

打間先生と一緒に会場に入りました。

しーんと静まり返った審査会場。

私は今までの思いのたけをすべてぶつけるような気持ちで発表
しました。

打間先生の心に届け!と言う思いで。

私の話が終わったのと修了時刻のベルが鳴ったのがほぼ同時でした。

終わって「ありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します」と言って会場を後にしようとした時の打間先生のひと言。

「あら、あなた。私と誕生日が一緒ね!!」

ニコニコ顔の打間先生がそこにいらっしゃいました。

しーんとしてピリピリした中、その大きなひと言で場の空気が
さっと和んだのが分かりました。

嬉しかったです。自分の気持ちもピンと張り詰めている時、そんな
温かいひと言が本当に嬉しくてたまらなかったです。

すぐに私は打間先生の方を向いて言いました。

「あっ、そうなんですか!光栄です!」同じくニコニコ顔で。

その瞬間、私は心の中で助成金はゲットした。と思いました。

何の根拠もないです。自信もないです。

でも「誕生日が一緒ね!」のひと言でなぜか確信に近くそう思った
のです。

不思議ですね。







posted by まりんぼ at 16:15| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月20日

てく・まり誕生物語【第21話】テイクオフ大阪21

ベンチャー2001が終わった後、起業家セミナーで教えてもらった
ある情報をふと思い出しました。

大阪府のベンチャー企業支援の制度のひとつに『テイクオフ大阪21』と言うのがある。

書類審査の後、プレゼンテーション等もあるがもし認定企業になれば
色々な府の支援策が用意されている。

認定企業の中でも特に優秀と認められば100万〜400万円まで
の助成金が支給される。

と言うものです。

助成金、と言うのは融資と違って返さなくて良いお金です。

当たり前の事ですが^^;

100万円の利益を出すと言うのは本当に大変な事です。
それがこの審査で認められればその金額が一度に入ってくる。

しかも返さなくて良い。

チャレンジしてみる価値のあるものだと思いました。

しかし、実際に乗りかかってみるとこれ程大変な事だとは思いも
しませんでした。

詳細な収支計画はもちろんの事、ビジネスモデル自体が斬新で
ITを使ったもので無くてはならない。

テーマは『結婚式速報新聞とインターネットを使ったウェディング
ドレスのオーダーメイド』と決まったのですが、書類の書き直し
が何度も何度も入り、本当に途中で止めてしまおうかと思いました。

何度書いても通らない。細かいチェックが入る。仕事もそろそろ
忙しくなってきましたので時間的にもきつくなってきました。

もうやめます。と言いかけた事が何度もあります。

本当にやめてしまおうと思い、やめる前にある方に相談しました。

起業家セミナーでお世話になった大阪府の田中さんと言う方です。

その方に相談に行ったらひと言。「ダメもとで最後までやってみたら」

・・・そのひと言が本当に大きかったです。

冷静に考えてみたら、ここまで書類が出来ているのならダメ元で
提出までしてしまおうと思うのが普通かも知れませんが当時の
私はそんな事も分からない位追い詰められていました。

「ダメもとで最後までやってみたら」このひと言で再びやる気に
なった私は、頑張って膨大な書類を仕上げてまずは提出しました。

書類選考が通れば次はプレゼンテーションです。



posted by まりんぼ at 15:36| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

てく・まり誕生物語【第20話】ベンチャー2001KANSAI

起業家セミナーが縁で9月に大阪国際会議場で開かれる『ベンチャー
2001KANSAI』でプレゼンテーションをする事になりました。

起業家セミナーで教わった事のひとつに「これからの会社はホーム
ページ位ないとダメだ」と言うのがありました。

単純な私は人の言う事は完全に真に受けます^^;

たいへんだ!たいへんだ!たくさんのマスコミが来るチャンスなのに
ホームページがない!作らなきゃ。

と思った私は生まれて初めてのホームページ作りにチャレンジ
しました。

作ろう!と思い立って実際のプレゼンテーションまで2週間も
なかったと思います。

メールすらした事がない私が果たして出来るのだろうか?

と言う不安は実は有りませんでした^^;

この頃、何かにとりつかれたように必死でした。

何でもやれば出来る、と思っていたと思います。

『ホームページビルダー入門』と言う本を買って来ました。

今思い出しても赤面するようなド派手なホームページを作りました。

本当に1週間で10ページほどのホームページを仕上げて
しまったのです。

完成したのはプレゼンテーションの2日前だったと思います。

滑り込みセーフで案内チラシにURLを入れてもらう事が出来ました。

プレゼンテーション当日、あまりの人の多さに舞い上がってしまい
超早口になった私は予定時間の半分ほどで話が終わってしまい
ました。

次の発表者の方、主催者の方に大変なご迷惑をかけた事、今でも
申し訳なく思っています。

大失敗のプレゼンテーションでしたが、これをきっかけにプレゼン
度胸がついて今後何度も訪れる人前で話す機会には全くあがる事
なく、時間も規程時間きっちりに終わる技を身につける事が
出来ました。

数年後にこの時、聞いておられたマスコミの方の取材の申し込み
があったりして、失敗とは言え、その後あの時のプレゼンテーション
のお陰で色々たくさん良いことがありました^^

最大のいい事が、この後訪れるベンチャー企業の登竜門である
『テイクオフ21』の認定につながったと言う事だと思います。
posted by まりんぼ at 13:19| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

てく・まり誕生物語【第19話】起業家セミナー

結婚式速報新聞とドレスオーダーの2足のワラジで半年位経った頃、
ついに資金的に行き詰まりました。

何せ急に勤めていた会社を放り出されたのですから、開業資金を
貯め込んでいた訳でもなく生活費を食い潰して営業を続けている
状態でした。

特にウェディングドレスは生地などの仕入れ費用がかさみます。

とても安い料金でオーダーを受けていましたので、収支トントンか
赤字の時も多かったように思います。

なんとか資金を調達しないといけないと思ったのですが、何を
どうすればいいのか、どこに行けばお金を貸してもらえるのか
全く分かりませんでした。

そんな時にふと目に止まったのが地元の市役所が出している
広報紙。

その裏に小さくこんな事が書かれていました。

『大阪府起業家セミナー受講生募集中。修了者には大阪府スタート
アップ資金に応募する資格が与えられます。』

その下にさらに小さく注意書きがありました。
『修了イコール融資を保証するものではありません』

注意書きは全く目に留まらず、このセミナーを受ければ融資が
受けれる!と超自分勝手に解釈した私は早速、書かれていた電話番号
に電話をかけました。

気楽に受けようと思って電話をかけたのですが聞くと、受ける
ための書類選考があるとの事でした。

毎回、大変な競争率らしいです。

自分のビジネスプランを規程の書類に書いて、それで書き足り
なかったのでたくさん追加書類をつけて、自分のビジネスに
対する思いのすべてを書面に書きました。

送ってすぐに大阪府の方から電話が掛かってきました。

「すばらしいビジネスプランです。ぜひ起業家セミナーを受けて
下さい。」

後で良く考えるとビジネスプランの内容より書類の枚数の多さに
担当者の方が圧倒されて通ったような気がします^^;

「こいつを落としたら根に持たれそう」と思われたのではと本気で
思っています^^

セミナーは2001年8月の最初の土曜日にスタートしました。

毎週土曜日、合計5回位のセミナーでした。朝から晩までみっちり
商売を始めるためのノウハウを学びます。

30名の同期の方がいらっしゃいました。

100名以上の応募があったと聞きました。

セミナーの講師の方に「落ちた人の事を思って頑張れ」と言われた
事を憶えています。

必死でした。講師の方のひと言ひと言を絶対聞き漏らすまい、と言う
気持ちでした。

財務の話など自分は今までまったく縁が無く、知らない事ばかり
でした。

勉強になったと同時に起業を志すたくさんの仲間にめぐり会え
た事が自分にとってはすごく大きいものでした。

このセミナーの最終回に全員が各々のビジネスプランを発表します。

その発表の中で特に優秀と認められたビジネスプラン発表者3名
は来る9月に大阪国際会議場で行なわれる『ベンチャー2001
KANSAI』で大勢のマスコミの前でプレゼンテーションが出来る機会
が与えられると言う事でした。

自分なりに一生懸命考えて、起業家セミナーのビジネスプランの
発表の日を迎えました。

外部の専門家の先生も審査員として来られてました。

その中でなんと私が優秀者3名の中のひとりに選ばれてしまいました。
posted by まりんぼ at 12:39| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

てく・まり誕生物語【第18話】結婚式速報新聞

ドレスのオーダーだけではまだまだ食べていけないので平行して
していた事業が『結婚式速報新聞』

式場にカラーレーザープリンターとパソコンを持ち込みます。

結婚式当日の模様を取材して記事にして披露宴のお開きの時
ゲストの皆様に「号外です!」と言って配ります。

さっきまで自分が参加していた披露宴の模様が新聞になって
手渡されるのでゲストの方の驚きは相当なものです。

A3サイズのフルカラー印刷。

時間との戦いでプリンターの調子が悪かったりしたらヒヤヒヤもの
です。

スリルあふれる仕事でした^^;

あまりに大変なため、ドレスオーダーの仕事が増えてくるに
従って速報新聞の仕事は辞めてしまいましたが、このビジネスモデル
のお陰で事業評価認定事業【テイクオフ21】の認定事業になる事
が出来ました。

当時発行していた新聞の画像を少しだけお見せしますね。

速報新聞.jpg

2007年11月02日

てく・まり誕生物語【第17話】

地元広告に広告を出してもそんなにすぐにお客さんが来てくれるはず
もありません。

最初のお客様は堺の方でした。

お母様と彼と彼のお母様、4人でお見えになりました。

デザイナーとしてのキャリアはあってもウエディングドレスのデザイ
ナーは経験が無いので内心ドキドキで接客したのを憶えています。

お客様を不安に思わせたらいけないと思い、顔は笑っていましたが
心の中はドキドキ不安でいっぱいでした。^^

しかも自宅での営業です。

生活感バリバリの中での仮縫い。

こんな私にドレスのオーダーを任せて頂いて、この第1回目のお客様
がいらっしゃったから次につながって行ったのだと思うとこの時の
お客様にはいくら感謝してもし切れません。

ドレスをお届けした後、弾んだ声で
「届きましたよ!とっても素敵!」
とお電話を頂いたあの時の嬉しさは一生忘れる事がないと思います。

全くひとりのデザイン工房ですのでデザイン画を描いてお客様にご提
案→型紙→仮縫い→本縫製まで完全にひとりでやっていました。

でもドレスの注文は忘れた頃にしか入ってこない状況でしたのでまだ
手があまっていました。

ドレスだけでは全然、仕事として成り立たないので色々な事をしてい
ました。

ショップ名も「ウエディング工房てく・まりんぼ」では無く、
「ビジュアル工房てく・まりんぼ」と言う名前でした。

外注で企業のパターン(型紙)を受けたり、夫が『結婚式速報新聞』
と言う仕事をしていたりしていました。

※結婚式速報新聞についてはこの次の日記でお話します。

てく・まりんぼと言う名前の由来ですが、地元広告を出す際に
やはり店の名前はいるだろうと言う事で夫とふたりで自宅4畳半の
部屋で考えました。

ちょうどその頃、私の娘が1才になって、てくてく歩き始めて
いました。

私の娘の名前は真凛(まりん)と言います。

冗談のように夫が

「てくてく歩く真凛をもじって、【てく・まりん】って言うのはどう?」

と言ったのを「それいい!それにしよう!」と簡単に私が乗ってしま
い、簡単に決まってしまいました。

でもどうもゴロの納まりが良くないので最後に『ぼ』を付けたと言う
次第です。^^

テクノロジーのテク、テクニックのテクと言う意味も『てく・まりん
ぼ』と言う名前が決まってから追加でくっつけました。

『てく』には色々な意味が込められているのです。











2006年12月12日

第16話

起業を考え始めた頃、自分の子供達は1才と3才。

それが起業を思いとどまらせる要素になる事は全くありませんでした。

出来ない理由はいくらでも出てくる。

でも子供を理由に自分のしたい事をあきらめたら、それは一生後悔する事になるかもしれない。

私が毎日イキイキ楽しく暮らしていたら、その姿をきっと子供達は見てくれている。

そしてとうとう、広告を出しました。地元の広告誌に3行だけのテキスト広告。1行1500円。その時の自分に出せる広告費はこれが精一杯でした。

『ウエディングドレスオーダー承ります。5万円から。』

15年間、デザイナーとして働いてきて色々なアイテムを経験してきましたが
ただひとつ、扱った事のないアイテムがウエディングドレス。

女性として生まれて、デザイナーとして仕事をしている以上はいつかは、ウエディングドレスを扱ってみたい。

そんな気持ちがずっとあったような気がします。


広告を出す前、夫に相談しました。

「ウエディングドレスのオーダーをしようかな。○○に広告を出してみようかな」

返って来た言葉は「そうしたら」でした。

この言葉をきっかけに、ウエディングドレスの仕事を始める事になったのです。




2006年10月15日

第15話

勤める会社がなくなって1ヶ月ほどは、これからの事を色々考えていました。
でもひとつだけ最初から決めていた事は「もう会社勤めはやめよう」と思っていたと言う事です。

人の言いなりになるのはもうやめよう、自分の人生、これからは自分の本当にやりたい事だけをやろう。

そう思っているうちに、今回の事(会社の倒産)は私にとってチャンスなんじゃないかと考えるようになってきました。

そう、ピンチではなくチャンスです。

起業という言葉が頭の中で渦巻き始めました。
posted by まりんぼ at 01:57| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇ピンチはチャンス【第13話〜15話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

第14話

劇的な変化・・・

勤めていた会社の倒産です。

アパレルは本当に倒産の多い業種で、私も取引先の倒産には何度か出くわしてきました。

でも自分の会社が倒産するというのは初めての経験でした。

バブル崩壊と共に業績が悪化していたのも知っていましたが、倒産と言うのは、やはり衝撃的な事でした。

この時、悲しい家族旅行をしました。

取引先から逃れるために、ふたりの子供を連れて神戸に旅行に出かけたのです。

会社が倒産すると、支払いをしてもらっていない取引先はどんな手段を取っても(従業員の自宅に押しかけても)未払い分を回収しようとすると言う事は人生の経験上、知っていました。

何も知らない子供達が無邪気に喜んでいるのを見て複雑な気分でしたが、もう私の中では気持ちの切り替えが出来ていたような気がします。

夫が海外出張中で不在だったので、自分がしっかり子供達を守るしかないと言う緊張感からか旅行中、悲しいとかつらいというマイナスの感情は有りませんでした。


くよくよしても始まらない。

前を向くしかない。これからの事だけ考えよう。

そして今はこの旅行を楽しもう。

と考えていました。

悲しい家族旅行と書きましたが、その時は悲しいとは思わなかったのに昨日、久しぶりに出かけた神戸で当時泊まったホテルを見た時、初めて悲しい気持ちになりました。

当時は気が張って、努めて明るく気持ちを保とうと思っていたのが、きのう久しぶりにそのホテルを見た時、当時押さえていた感情が吹き出したのかも知れませんね。

posted by まりんぼ at 10:50| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇ピンチはチャンス【第13話〜15話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする