2015年03月29日

てくまりんぼ物語【第26話】1点ものの服を作る

2000年も暮れようとしている頃、まだ核となるビジネスを見つけられずにいた私ですが、とにかく何か作ってみよう、それをインターネットなるもので売ってみようと考えていました。

インド好きの私はインドテイストの女性の服を数点作りました。面白い服を作りたいと考えていたのでザクッと織られた目の粗い生地や藍染めの生地など手当たり次第に買って来ました。

昔趣味で少し習っていたジャワ更紗のテイストも入れたいと考えて、ジャワ更紗の文様を入れた服などを作りました。

インドのユニークなボタンをたくさん付けた服も作りました。

何点か作って分かったのは『思い通りの服を作ろうとしたらとてつもなくお金と手間がかかる』事です。

いくらで売ろうとしたのか今となっては何も憶えていませんが、きっと材料費に少しだけ利益を乗せた感じの値段設定で考えていたと思います。

制作している自分の手間が価格に入っていない事にその頃は私は気づいていませんでした。

とにかく前に進まないと、と言う想いだけはしっかり有ったと思います。

数点の服の写真を撮りました。ハンガーにぶら下げて庭の緑をバックに撮ったと思います。

向かいの奥さんがそれを見て「可愛い服やね〜」と言ってくれた事を憶えています。
(ウェディングに方向転換したのち、その服はその奥さんに進呈しました^^)

モデルも使わず、ただハンガーにかけただけの写真。今なら全く通用しない画像だと思います。

当時はネットショップ自体が珍しい頃でしたのでそんな画像でも何とかなったのかも知れません。

ホームページは夫に作ってもらおうと思っていました。メールひとつした事のない自分が出来るはずが無いと最初から諦めていました。

でも数点の画像があるだけでそこからどう進めばいいのか、分からない事が多すぎました。

でも楽しかったです。まだ1円のお金にもならない状態でしたが、インターネットと言う未知の世界によって自分の未来は開けていると感じていました。

(第27話へ続きます)




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2015年03月27日

てくまりんぼ物語【第25話】インターネットを知る

【ビジュアル工房てく・まりんぼ】と言う名前を付けたものの、お金になる事で実際にやっている事と言えば、たまに来る婦人服の型紙の仕事ぐらいでした。

あとは未来に向けての種をまいていました。

てく・まり誕生物語の最初の方に書いたと思うのですがインドが好きでインドに旅立った私は、帰って来てからもやはりインドが好きでした。

インドの美しい建造物や美しいサリー。何とかインドをテーマにした商品が出来ないか試行錯誤を始めました。

インド風の服を作って売ろうかな、と考えていたのです。

その頃、テレビコマーシャルで『インターネットって何が出来るの?』と言うカトチャンみたいなオジサンが登場していました。

結構インパクトありました。

インターネットって何が出来るのか分からない人が多かった時代です。私ももちろん分かりませんでした。

今からたった15年前の話です。

何が出来るか分からないけれど、少々小耳にはさんだのが「インターネットでモノが売れるらしい。楽天市場と言う仮想ショッピングモールがあるらしい。」と言う事です。

こういう事には何でも先を行く夫は楽天市場出店の資料を取り寄せていました。

(第26話に続く)
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2015年03月23日

てくまりんぼ物語【第24話】2000年 名前を決める

てくまりんぼ物語。これを書いている時点で15年も前の話になるので、すでに忘れてしまった事も多いと思います。
完全に忘却のかなた(笑)になってしまう前に少しずつ記憶を呼び起こしながら書き進めようと思います。

誕生物語に引き続いて、これからは誕生してから現在までのあれやこれやを書きます。会社経営のずぶの素人のすったもんだのドタバタ劇としてお楽しみ頂ければと思います。

こんな私でも会社は作れます(笑)会社を作るのは簡単ですが続ける事は本当に大変な事です。

これから起業を目指している方の参考にはならないと思いますが、反面教師としてご覧いただくのも楽しいと思います。

一生懸命書きますので再びお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

てくまり誕生物語と話が被ったり、時代が前後するかも知れませんが、多目に見て頂ければと思います。

今日書くのは、てくまり誕生物語の第16話より前の話です。

勤めていた会社が倒産したのが2000年の9月。もう人に使われるのはやめようと思って起業を決意したのは10月。てくまりんぼと言う名前を決めたのは11月です。

この時は、実はウェディングを仕事にするつもりは有りませんでした。
私は前の会社で婦人服のデザインと型紙を作る仕事もしていました。はい、営業もしていました。

何でもしていたって事です(^^)

起業しよう、私に何が出来るんだろうと自問自答の日々が1ヶ月ほど続きました。デザインは出来る。型紙も出来る。服を作るしか無いよね〜。と何となくは考えていました。

考えても、考えても、考えても、「これだ!」と言うものは浮かびません。

怖ろしい事に(笑)私の夫も私より1年ほど前に勤め人をやめて独立していました。

起業1年目の夫もまだ色々模索していた時代でした。旅行会社を立ち上げていましたが、いきなりお客さんがわんさか来る訳も無く、まだまだ時間に余裕が有ったのだと思います。

話しているうちに一緒に何かを始めようと言う話になったのかも知れません。

多くは憶えていません(^^;)

夫はDTPの学校に行っていましたのでデザイン系のソフトは使えました。チラシとか、ポスターなどを請け負って作ろうと言う話になったのかも知れません。

私は昔勤めていた会社の先輩の紹介で、ある婦人服メーカーさんの型紙を作る仕事を外注で受けるようになりました。

夫の出来る事、私の出来る事をひっくるめてひとつの事業にしよう。とにかく名前が絶対に必要だと言う事で2人で家の2階の四畳半の部屋で考えました。

その頃、私達の子供は上の子が3歳。下の子が1歳でした。

こんな小さな子供が居るのに起業しようと思った私はアホです。間違いなくアホだと思います。

でも、アホも15年続くと本物です(笑)

ネーミングの話に戻ります。

どちらが言い出したのか、子供の名前を新ビジネスの名前に入れようと思い立ちました。

上の子の名前は【太陽(たいよう)】。。。うーん、これを会社名にするのは却下(笑)

下の子の名前は【真凛(まりん)】。。。これ、使えるやん!

まりん、まりん、まりん・・・・

ふと、夫が言いました。「てくてく歩くまりん、をもじって【てく・まりん】はどう?」

1歳の娘はちょうど、てくてく歩き始めた頃でした。可愛いかったですよ(^^;)

夫の提案に私は即答。「それ、いいやん。それにしよう!」・・・・簡単です。

考えるのに疲れて来ていて何でも良かったのかも知れません。ここで白状します。

どんな名前でも「それ、いいやん。それにしよう!」と言っていた自信があります。どこまでもいい加減な女です(笑)

『てく・まりん』と紙に書いてみました。うーん、悪くは無いけど何か足りない。。。。

考えるの、メンドクサイなあ。ときっと私は思っていたと思います。でも夫はちゃんと考えていました。

「じゃあ、最後に『ぼ』を付けて【てく・まりんぼ】はどう?何か可愛いやん」

それを聞いた私→「それいい!それにしよう!!」・・・・どこまでも適当な女です。

と言う事で【てく・まりんぼ】と言う名前に決定しました。

名前の前に何か枕詞が欲しいよね、と言う話になりました。

洋服の型紙を作ったり、チラシを作ったり、ポスターを作ったりします。

ひっくるめて『ビジュアル工房』と言う事にしました。

2000年11月。【ビジュアル工房 てく・まりんぼ】の誕生です。

(第25話に続きます)






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2008年08月20日

てく・まり誕生物語【第23話】テイクオフ大阪21

家に戻った私は自分の声が全く出なくなっている事に気付きました。

自分では気が付かなかったのですが発表までのプレッシャーは
相当なものがあったのかも知れません。

ストレスやプレッシャーに気付かない。これ、私の特技です^^


発表の次の日の朝、1本の電話が入りました。

テイクオフ大阪21の担当の方からです。

「原田さん、おめでとう!認定されたよ!しかも助成金も出るよ!」

その次の言葉がありがたかったです。

「打間先生以外の先生はみんな助成金を出すのには反対でした。
だけど打間先生がひとり頑張ってみんなを説得してましたよ」

打間先生に感謝の言葉もありません。

お礼を言って電話を切った後、異人館にいらっしゃる打間先生に
電話をしました。

これも不思議な事なのですが、打間先生は全国を飛び回っていらっしゃるので異人館の事務所にいらっしゃる事はほとんど無いそう
なんです。

それが電話をかけたすぐに打間先生が出られたのにも何か不思議な
ご縁を感じずには居られません。

声にならない声でお礼を言った私に返って来た言葉が

「あら、あなた何その声?でもそれだけ頑張ったって事よね」

最後に「これから頑張んなさいよ!」とおっしゃって頂けました。

こ時の「がんばんなさいよ!」の言葉があったから今まで頑張って
来られたと思っています。

この時がウェディング工房てく・まりんぼの本格始動の瞬間だったと
思います。

打間先生は私にとって永遠の師匠です。

打間先生のような女性起業家になりたいと思っています。

長らく続きました『てく・まりんぼ誕生物語』

お読み頂いて本当に本当にありがとうございました。

これからは『てく・まりんぼ物語』としてお話を続けて行きたい
と思っています。

たくさんの方のご縁を頂きながら誕生した『てく・まりんぼ』です。

これからももっともっとたくさんの素敵な物語が生まれる
てく・まりんぼで有りたいと思っています。

これからも末永くよろしくお願い致します。



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2008年06月20日

てく・まり誕生物語【第22話】運命のプレゼンテーション

テイクオフ大阪21の書類に通ってしまった(^^;)ので
次はプレゼンテーションです。

色々な専門家の前で自分のビジネスモデルを発表します。

この先生方の判断で認定されるかされないか、助成金が頂けるか
頂けないかが決まります。

2ヶ月前に国際会議場でのプレゼンの失敗を教訓に、『ゆっくり』
『はっきり』話す事を心がけました。

何度も何度も練習を繰り返して時間ぴったりに終わる練習も
しました。

運命の日がやって来ました。

会場にかなり早く着いた私は会場の前で座って待っていました。

数人の方が同じ日にプレゼンするようです。すでに早い順番の人の
発表は始まっていました。

隣にひとりの女性が座りました。

『私の前にプレゼンする人かな?』と思っていると向こうから
声をかけて来られました。

女性「あなた、今日プレゼンする方?」

私「はい。そうです。」

女性「私、打間って言います。今日の審査員です。」

びっくりしました。

聞くとこの打間先生は神戸異人館でレストランやドレスショップを
経営されていて異人館も所有されている大社長です。

異人館ウエディングを最初に始められた女性起業家のはしりのような
方です。

本当は今日の審査会に来る予定では無かったけれどウエディングの
人(私の事です)がひとり居るのでその人のプレゼンだけ聞く
ために来た、と言うお話でした。

他の審査委員は全員男性だし、ウェディングの事は良く分からない
と思うから自分が行かなくっちゃと思って下さったようです。

予定時刻より早めに何でも行ってみるものです。

待ち時間の間、打間先生と色々なお話をさせて頂く事が出来ました。

その中で一番心に残っている会話です。↓

先生「あなた、お子さんいらっしゃるの?」

私「はい。3歳と1歳の子がいます」

先生「女性が子供を育てながら事業を続けていくコツはね、
   『頑張り過ぎない事』これに尽きますよ。」

今もこのお言葉を胸に刻んでいます。

いよいよ自分の番が来ました。

打間先生と一緒に会場に入りました。

しーんと静まり返った審査会場。

私は今までの思いのたけをすべてぶつけるような気持ちで発表
しました。

打間先生の心に届け!と言う思いで。

私の話が終わったのと修了時刻のベルが鳴ったのがほぼ同時でした。

終わって「ありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します」と言って会場を後にしようとした時の打間先生のひと言。

「あら、あなた。私と誕生日が一緒ね!!」

ニコニコ顔の打間先生がそこにいらっしゃいました。

しーんとしてピリピリした中、その大きなひと言で場の空気が
さっと和んだのが分かりました。

嬉しかったです。自分の気持ちもピンと張り詰めている時、そんな
温かいひと言が本当に嬉しくてたまらなかったです。

すぐに私は打間先生の方を向いて言いました。

「あっ、そうなんですか!光栄です!」同じくニコニコ顔で。

その瞬間、私は心の中で助成金はゲットした。と思いました。

何の根拠もないです。自信もないです。

でも「誕生日が一緒ね!」のひと言でなぜか確信に近くそう思った
のです。

不思議ですね。







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2008年05月20日

てく・まり誕生物語【第21話】テイクオフ大阪21

ベンチャー2001が終わった後、起業家セミナーで教えてもらった
ある情報をふと思い出しました。

大阪府のベンチャー企業支援の制度のひとつに『テイクオフ大阪21』と言うのがある。

書類審査の後、プレゼンテーション等もあるがもし認定企業になれば
色々な府の支援策が用意されている。

認定企業の中でも特に優秀と認められば100万〜400万円まで
の助成金が支給される。

と言うものです。

助成金、と言うのは融資と違って返さなくて良いお金です。

当たり前の事ですが^^;

100万円の利益を出すと言うのは本当に大変な事です。
それがこの審査で認められればその金額が一度に入ってくる。

しかも返さなくて良い。

チャレンジしてみる価値のあるものだと思いました。

しかし、実際に乗りかかってみるとこれ程大変な事だとは思いも
しませんでした。

詳細な収支計画はもちろんの事、ビジネスモデル自体が斬新で
ITを使ったもので無くてはならない。

テーマは『結婚式速報新聞とインターネットを使ったウェディング
ドレスのオーダーメイド』と決まったのですが、書類の書き直し
が何度も何度も入り、本当に途中で止めてしまおうかと思いました。

何度書いても通らない。細かいチェックが入る。仕事もそろそろ
忙しくなってきましたので時間的にもきつくなってきました。

もうやめます。と言いかけた事が何度もあります。

本当にやめてしまおうと思い、やめる前にある方に相談しました。

起業家セミナーでお世話になった大阪府の田中さんと言う方です。

その方に相談に行ったらひと言。「ダメもとで最後までやってみたら」

・・・そのひと言が本当に大きかったです。

冷静に考えてみたら、ここまで書類が出来ているのならダメ元で
提出までしてしまおうと思うのが普通かも知れませんが当時の
私はそんな事も分からない位追い詰められていました。

「ダメもとで最後までやってみたら」このひと言で再びやる気に
なった私は、頑張って膨大な書類を仕上げてまずは提出しました。

書類選考が通れば次はプレゼンテーションです。



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2008年04月20日

てく・まり誕生物語【第20話】ベンチャー2001KANSAI

起業家セミナーが縁で9月に大阪国際会議場で開かれる『ベンチャー
2001KANSAI』でプレゼンテーションをする事になりました。

起業家セミナーで教わった事のひとつに「これからの会社はホーム
ページ位ないとダメだ」と言うのがありました。

単純な私は人の言う事は完全に真に受けます^^;

たいへんだ!たいへんだ!たくさんのマスコミが来るチャンスなのに
ホームページがない!作らなきゃ。

と思った私は生まれて初めてのホームページ作りにチャレンジ
しました。

作ろう!と思い立って実際のプレゼンテーションまで2週間も
なかったと思います。

メールすらした事がない私が果たして出来るのだろうか?

と言う不安は実は有りませんでした^^;

この頃、何かにとりつかれたように必死でした。

何でもやれば出来る、と思っていたと思います。

『ホームページビルダー入門』と言う本を買って来ました。

今思い出しても赤面するようなド派手なホームページを作りました。

本当に1週間で10ページほどのホームページを仕上げて
しまったのです。

完成したのはプレゼンテーションの2日前だったと思います。

滑り込みセーフで案内チラシにURLを入れてもらう事が出来ました。

プレゼンテーション当日、あまりの人の多さに舞い上がってしまい
超早口になった私は予定時間の半分ほどで話が終わってしまい
ました。

次の発表者の方、主催者の方に大変なご迷惑をかけた事、今でも
申し訳なく思っています。

大失敗のプレゼンテーションでしたが、これをきっかけにプレゼン
度胸がついて今後何度も訪れる人前で話す機会には全くあがる事
なく、時間も規程時間きっちりに終わる技を身につける事が
出来ました。

数年後にこの時、聞いておられたマスコミの方の取材の申し込み
があったりして、失敗とは言え、その後あの時のプレゼンテーション
のお陰で色々たくさん良いことがありました^^

最大のいい事が、この後訪れるベンチャー企業の登竜門である
『テイクオフ21』の認定につながったと言う事だと思います。
posted by まりんぼ at 13:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

てく・まり誕生物語【第19話】起業家セミナー

結婚式速報新聞とドレスオーダーの2足のワラジで半年位経った頃、
ついに資金的に行き詰まりました。

何せ急に勤めていた会社を放り出されたのですから、開業資金を
貯め込んでいた訳でもなく生活費を食い潰して営業を続けている
状態でした。

特にウェディングドレスは生地などの仕入れ費用がかさみます。

とても安い料金でオーダーを受けていましたので、収支トントンか
赤字の時も多かったように思います。

なんとか資金を調達しないといけないと思ったのですが、何を
どうすればいいのか、どこに行けばお金を貸してもらえるのか
全く分かりませんでした。

そんな時にふと目に止まったのが地元の市役所が出している
広報紙。

その裏に小さくこんな事が書かれていました。

『大阪府起業家セミナー受講生募集中。修了者には大阪府スタート
アップ資金に応募する資格が与えられます。』

その下にさらに小さく注意書きがありました。
『修了イコール融資を保証するものではありません』

注意書きは全く目に留まらず、このセミナーを受ければ融資が
受けれる!と超自分勝手に解釈した私は早速、書かれていた電話番号
に電話をかけました。

気楽に受けようと思って電話をかけたのですが聞くと、受ける
ための書類選考があるとの事でした。

毎回、大変な競争率らしいです。

自分のビジネスプランを規程の書類に書いて、それで書き足り
なかったのでたくさん追加書類をつけて、自分のビジネスに
対する思いのすべてを書面に書きました。

送ってすぐに大阪府の方から電話が掛かってきました。

「すばらしいビジネスプランです。ぜひ起業家セミナーを受けて
下さい。」

後で良く考えるとビジネスプランの内容より書類の枚数の多さに
担当者の方が圧倒されて通ったような気がします^^;

「こいつを落としたら根に持たれそう」と思われたのではと本気で
思っています^^

セミナーは2001年8月の最初の土曜日にスタートしました。

毎週土曜日、合計5回位のセミナーでした。朝から晩までみっちり
商売を始めるためのノウハウを学びます。

30名の同期の方がいらっしゃいました。

100名以上の応募があったと聞きました。

セミナーの講師の方に「落ちた人の事を思って頑張れ」と言われた
事を憶えています。

必死でした。講師の方のひと言ひと言を絶対聞き漏らすまい、と言う
気持ちでした。

財務の話など自分は今までまったく縁が無く、知らない事ばかり
でした。

勉強になったと同時に起業を志すたくさんの仲間にめぐり会え
た事が自分にとってはすごく大きいものでした。

このセミナーの最終回に全員が各々のビジネスプランを発表します。

その発表の中で特に優秀と認められたビジネスプラン発表者3名
は来る9月に大阪国際会議場で行なわれる『ベンチャー2001
KANSAI』で大勢のマスコミの前でプレゼンテーションが出来る機会
が与えられると言う事でした。

自分なりに一生懸命考えて、起業家セミナーのビジネスプランの
発表の日を迎えました。

外部の専門家の先生も審査員として来られてました。

その中でなんと私が優秀者3名の中のひとりに選ばれてしまいました。
posted by まりんぼ at 12:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇運命の出逢い【第19話〜23話】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

てく・まり誕生物語【第18話】結婚式速報新聞

ドレスのオーダーだけではまだまだ食べていけないので平行して
していた事業が『結婚式速報新聞』

式場にカラーレーザープリンターとパソコンを持ち込みます。

結婚式当日の模様を取材して記事にして披露宴のお開きの時
ゲストの皆様に「号外です!」と言って配ります。

さっきまで自分が参加していた披露宴の模様が新聞になって
手渡されるのでゲストの方の驚きは相当なものです。

A3サイズのフルカラー印刷。

時間との戦いでプリンターの調子が悪かったりしたらヒヤヒヤもの
です。

スリルあふれる仕事でした^^;

あまりに大変なため、ドレスオーダーの仕事が増えてくるに
従って速報新聞の仕事は辞めてしまいましたが、このビジネスモデル
のお陰で事業評価認定事業【テイクオフ21】の認定事業になる事
が出来ました。

当時発行していた新聞の画像を少しだけお見せしますね。

速報新聞.jpg

2007年11月02日

てく・まり誕生物語【第17話】

地元広告に広告を出してもそんなにすぐにお客さんが来てくれるはず
もありません。

最初のお客様は堺の方でした。

お母様と彼と彼のお母様、4人でお見えになりました。

デザイナーとしてのキャリアはあってもウエディングドレスのデザイ
ナーは経験が無いので内心ドキドキで接客したのを憶えています。

お客様を不安に思わせたらいけないと思い、顔は笑っていましたが
心の中はドキドキ不安でいっぱいでした。^^

しかも自宅での営業です。

生活感バリバリの中での仮縫い。

こんな私にドレスのオーダーを任せて頂いて、この第1回目のお客様
がいらっしゃったから次につながって行ったのだと思うとこの時の
お客様にはいくら感謝してもし切れません。

ドレスをお届けした後、弾んだ声で
「届きましたよ!とっても素敵!」
とお電話を頂いたあの時の嬉しさは一生忘れる事がないと思います。

全くひとりのデザイン工房ですのでデザイン画を描いてお客様にご提
案→型紙→仮縫い→本縫製まで完全にひとりでやっていました。

でもドレスの注文は忘れた頃にしか入ってこない状況でしたのでまだ
手があまっていました。

ドレスだけでは全然、仕事として成り立たないので色々な事をしてい
ました。

ショップ名も「ウエディング工房てく・まりんぼ」では無く、
「ビジュアル工房てく・まりんぼ」と言う名前でした。

外注で企業のパターン(型紙)を受けたり、夫が『結婚式速報新聞』
と言う仕事をしていたりしていました。

※結婚式速報新聞についてはこの次の日記でお話します。

てく・まりんぼと言う名前の由来ですが、地元広告を出す際に
やはり店の名前はいるだろうと言う事で夫とふたりで自宅4畳半の
部屋で考えました。

ちょうどその頃、私の娘が1才になって、てくてく歩き始めて
いました。

私の娘の名前は真凛(まりん)と言います。

冗談のように夫が

「てくてく歩く真凛をもじって、【てく・まりん】って言うのはどう?」

と言ったのを「それいい!それにしよう!」と簡単に私が乗ってしま
い、簡単に決まってしまいました。

でもどうもゴロの納まりが良くないので最後に『ぼ』を付けたと言う
次第です。^^

テクノロジーのテク、テクニックのテクと言う意味も『てく・まりん
ぼ』と言う名前が決まってから追加でくっつけました。

『てく』には色々な意味が込められているのです。











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